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趣味って? 
わたしたちの年代は 定年になってからの人が多い世代。

いわゆる団塊の世代の最後の方かな?

今 寝る前の読書は下重暁子の「極上の孤独」

  〇人間の顔は生き方の履歴書
  〇集団の中でほんとうの自分でいるのは難しい
  〇年をとると品性が顔に出る  等々 気になる言葉が次々と出てくる。

まずはさぁ~っと読んで もう一度読み返してみようと思える本だ。

最近はおひとりさまを題材にした本が 結構売られている気がする。

定年後の人生、1人になってからの人生の生き方。

わたしにはまだ時間がないけれど もう充分におひとりさまの人生だ。

本当に1人になった時は 動けない年になってからでは遅いことを

今年は始めるつもりだったのに、一月の手術以来 調子が狂ってしまっている。

だけどそれでも出来る事を見つけた。 ひとりで出来る事。

図書館へ行きたいと思いつつ 行かれていないのを実現しよう!

決まった時間では出来なくても 行く習慣をつければ たまには行けるかも。

そして読みたかった本を探してみよう。

小学生のころから わたしは家の設計図を書いていた。

あの頃の趣味は 設計図を書くのと 詩を書くこと 映画を観ること。

ピアノを習ってはいたけれど 曲が弾けることに喜びは感じなかったから

高校生の頃には 簡単なエレクトーンに変わってしまった。

エレクトーンはポピュラーな曲をひとり伴奏つきで弾けるので 楽しかった。

けっこう 小さな頃からおひとりさまを楽しんでいた気がする。極上の孤独?

そうやって思い出してみて 今やりたいことは 古い建物を見に行く時に役立つような知識を仕入れたい。

今までの生活の中から拾い出して 定年後のおじさまたちのように趣味を楽しもうかな。

そんな事を考えている。






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休みの日は 
出掛ける予定のない時は お化粧から肌を解放してあげてます。

朝早起きして 朝ごはんを食べたら 少し横になって 昼近くに起きて慌てる・・・そんな生活。

前日はフル回転で朝から夜まで動いたので 今日の休みは貴重なもの。

その1) 自分の手術した病院への定期健診。

      今月から新しい先生に変わったので チャンスなのですね。

      新しい目で 新しい感覚で 診察をしてもらえるのはいいことですもの。

      早速気になっていたことを診て頂くと 前の主治医とは比較にならない見方をしてくれる。

      異常な下腹の突き出た部分は「多分 ヘルニアでしょう」と 

      手術後の腹壁の薄くなった部分に腸が集まってるの? ぎゃ~~~~!!!です。

      これからは密に検査をして 結果次第ではもう一度開腹手術になります。

その2) 母の状態(転んだ後のこと)が徐々に良くなっていること。

      だけど いろんなことがあった事で 母の性格がもろ出しになった。

      自由に物が言えるのは良い事だけど 施設の中では手がかかるらしい。

      わたしはそれでも仕方ないと思うし 家族がいちいち行っていたのでは

      高額の介護費を払う意味がないし それだけ出来るならと施設の人の気持ちも考えねばね。

      「不安で仕方がないんだよ・・・・」と言われると わたしも罪悪感の固まりが残る。

      わたしが元気なら そしてもう少し若ければ

      それに今の仕事場の人たちの健康状態も最悪の中で 助け合ってる状況。

      母にはそこまで気持ちが通じないから 自分だけ閉じ込めて という感覚でいるようだ。

その3) 孤独と戦って 慣れていくこと 自分の時間を上手に管理すること。

      決められたルールの中で生きているのほど楽の事はないのかな?

      だけど 自分の為に使う時間が まだ上手くできない。


わたしは寝る前の眠いようなフワフワ感になった時に 何かをやりたくなってしまう。

だけど 明日は日曜日 法事が5件もあるので 早寝をして体調をと整えねばと思う。

不規則にしていても次の日くらいは 何とかなるのだけど。


従姉妹から「来てよ~~~~」と連絡が入る。

友人から「カラオケしようよ~」「ご飯食べようよ~」と誘われる。

そんなこんなで 1週間や1か月は 簡単に過ぎてしまう。

フォーク仲間からは 3曲は仕上げようと言ってくる。

出掛けてしまえば楽しいのだけどね。

一度 友人を頼んで 家の中をスッキリしたい。

それをしなければ わたしらしい生活は出来ないもの。。。。。。

毎日 思うことは「捨てよう!!!」ということ。

中尾彬夫妻が すべてを処分した話を聞いた。

そこまでは難しいけど ますます動かなくなる身体と頭を意識すると

今がチャンス!!!!!! シンプルに暮らしたい!

でもね~ また お腹を切る手術をしたら その後 どーなるのだろうか? 





優しさが・・・ 
先日 朝に友人から電話があって「何時に行ったらいい?」

わたし・・・ 「なんのことだっけ?」

なんと 彼女は片づけの出来ないわたしの手伝いに来てくれるそうで

確か約束もしていたそうで・・・ わたし 手帳に書いてないので 忘れてた!!!

良かったぁ~ 出かけてしまわないで。。。。

わたしは彼女の行動力に圧倒されて言いなりで 無事にゴミ袋4つ 捨てました。

ダンボールもちゃっちゃと壊して結わいてゴミ置き場に。

気になっていた場所 ほとんどがキレイになりました。 

お蔭さまです。本当にありがたいです。


次の日は法事が6件もあり オヨメさんが不調の日だったので

はるちゃんの遊び相手やら いろいろあってお疲れさんで夕方。。。。

サッポロラーメンを食べに行きましょと わたしの車に姉と甥っ子(次男)を乗せて

なんと! わざわざ車に乗って 歩いて行ったのに 休み!!!!

ががぁ~~~~~ん!!!

歩く元気もないので 近くのお店に。 ラーメンで済まそうと思ったのに。。。。

姉はすきやき定食、わたしはしゃぶしゃぶ定食、甥っ子はマグロ丼定食と 豪華版に。

さて食べ終わって いつものように姉と割り勘にしようと思ったら

甥っ子がおごってくれた!!! お~~~まいご~~~~っと!!!

まっ そうしてもいいお年頃で収入だけど まさかね。 やったじゃん!!!


そんなこんなで 良い事が続いて 今日はのんびり!






あ~ぁ 夜中! 
最近 今頃まで眠れなくて 動き出したくなるのをガマンしてるのも辛いね。

夜中にいろいろ出来たら良いんだけど。。。。 と 思いながら ウダウダしてた。

母が転んでから レントゲンでは発見できない場所にヒビでもあるのでは。。。。と

内科のお医者様に言われたけど これ以上の治療は出来ないので

安静以外に手はないらしい。。。。

それでマメに通ってはいたけれど ケアマネさんからあまり頻繁に来ないように

らしい事をいわれたので 週に2回くらいか 10日に1度くらいにしようかと思う。

先週は忙しかったこともあり 気にはならなかったけれど

「甘えてしまうから・・・」云々の言い方が 気に入らないと思い始めた。

施設で完璧な事はしてもらえないにしても 「甘える」ことはいけないのだろうか?

母は職員に遠慮して ガマンしてしまう傾向が強くて

何度もガマンしないで 自分がして欲しいことをしてもらうように言うのだけど

なかなか出来ないらしくて 行くとわたしにいろいろ言われても 困るんだよね。


お互いに自分の生活をしていくはずだったのに・・・・・

わたしはまだ母の事に罪悪感が残っているようだし それが無気力に繋がっているようだ。

決心しても 決心しても 自分の生活を楽しむことが出来ない。

ある人に手を握ってもらった。

その時間だけがただひとつ癒されることに気が付いた。

もっと逢って欲しいと言えない 強情な自分がいて 

どの程度に抑えていいのかも分からないけれど 抑えられない情熱をぶつけたい。

許されないことだと言われるかもしれない。

だけど わたし達の間にある「事実」は 誰にも理解は出来ないから

一言で反対する人たちもいるだろうけれど

今までの長い人生で暮らして来た事実と これからの人生。

今しか出来ない時間を めぐり合えた喜びを思いっきり感じていきたいと思う。

人生は短い。 道徳的に許さないと嫌悪する人もいるかもしれない。

ふたりがそれぞれひとりで生きて来た人生が 交わった時 

「恋」をしても もう許される年になったと わたしは勝手に思う。

今まで必死で家族の為に生きて来た それでもまだ途中だけど

大事な人に出逢えたことを無理やり我慢しなくてもいい年頃になったのだと思っている。

遊び半分に逢いたいのではないと 信じたい。

ただの友達との違いがある限り。



最近のいろいろ 
母が施設内で転びました。 夜中にトイレに行く時のようです。

その日は 朝の血圧が高いので新しい薬が追加され それを始めて飲んだそうです。

そのせいかどうかは定かではないけれど 足がいつもより不安定だったようです。

その後 起き上がれない母は介護士さんを呼ぶブザーのあるところまで這って行き

ブザーを押しても押しても 誰も来てくれなくて 朝方まで4時間床に倒れたままでした。

やっと朝の様子を見に来た時に発見されて あまりの痛さに「救急車を呼んで」と

母が自分で言い わたしに連絡が来て「本人が言っていますが よろしいでしょうか?」と。

もちろんお願いしますですよね!

駆け付けた時は救急車の中で「痛い痛い」の言葉しかなく 一緒に乗って

受け入れてくれた病院まで20分?30分?

レントゲンには骨折の影がなく ヒビのような見解もなく 

「頭を打ったので頭のCTも撮って欲しい」と 母が言ったらしく

その画像を見ると 医師も驚くほど96才とは思えないしっかりしたもので

そのまま施設へ普通車で戻って来て 「安静」にするのみ!

わたしの頭の中には モヤッとした部分があるのにね。うらやましい限りだ!!!

その後も痛みはひどくて、、、、、 今日に至っているのだが。。。。。。

運が悪いことにゴールデンウィーク中! なんてこったい!!!

痛みは本人しか分からないとは言え、施設の介護士の対応が いまいち。

悲鳴を上げて痛がる母の身体を マニュアル通りに扱っているのか?

これまでの母がわたしに訴えていたことを 2日間母の側にいて 本当だと痛感する出来事。

老人介護の人出が足りないことは 世の中の常識のように知れ渡っているけれど

その質はそれぞれだと思っていた。 だけどまさか素人同然の姿を見るとは思わなかったの。


娘と相談して 今日は地域の包括センターに電話を入れ面談を頼んだ。

そこでは 今の施設で感じたあらゆる出来事を話して来たので 娘とヤッタネ!

前に担当だったケアマネさんに相談に乗ってもらえるか電話で聞いた。

それはそのまま今のケアマネさんに伝わったようだ。。信用できない。

そして 母が以前ディサービスに通っていた施設に面談を頼んだ。

今の施設入りは 2年前のわたしの「特発性大腿部骨頭壊死症」に続き

今年1月の「子宮体がん」の手術になったことで 母の世話をできないことになりそう。

子宮体がんの手術は万が一の一番ひどい状態になるかもしれないと 一応説明を受けるため

その万が一の場合になった時のことを想定した 母の行き先を急いで決めたのだ。

手術もひと段落して それでも身体の不調を徐々に治していく途中でもあるのだけど

施設に入ったからと言って わたしから母の世話がゼロになった訳ではない。

そんな最中の今回の転倒。 

それと施設の人たちの人手不足からくる不備と素人感。

娘から「だから言ったじゃない!ここはちゃんとしてないって!」と怒られた。

でも その時はこっちも大変だったのだから仕方がないとは思うのだけど・・・・・

「おばあちゃんの最期をこんな所で終わらせられない」と意見が一致して

今日はあちこち動いてきた。 姉にも報告した。

だけど また行った先が充分満足できるかどうかは 入ってみないと分からないのが辛いけど。

とにかく「今日 順番待ちだけど申し込んできたから」と母に伝えると 泣いた。

自分の事を考えてくれててうれしいと泣いている母を見て 胸のつかえが取れた気がする。

4人待ちだそうだけど 相手先にちょっとプレッシャーをかけて来たんだけど・・・ 通じるかな?

母が通っていた頃(まだ去年の夏)ディサービスのイベントに困っているというので

和太鼓の仲間のボランティアを紹介したのだ。

あとは母の事を憶えていてくれた介護士の人たちがいて 「イチさんの娘さんが来てる」と

喜んで 「イチさんが入所するんですか?」と聞いてくれたので

母がここに来たいと望んでいることを みんなに聞こえる程大声で伝えて来た事。

わたしにしては最大限の自己アピールだ。

人前に出ることなど考えられなかった 人見知りのわたしも年を取ったものだと笑う。

本音で話そうよと言った娘はわたしの話を聞いて 

「今までそんなに沢山の事を抱えていたのね」と言ってくれた。

それも嬉しいことのひとつ。

頭脳明晰な娘を持ったことを こういう公の場で相対して面談する時に感じるんだわ。

専門用語がサラッと出る事や 施設の事 掲げている内容 今までの結果等々を

表にしてまとめた物を持参して 話を聞きながらさりげなくメモする。

う・う・・・・・ この娘は・・・・ わたしの子か? 







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